2015年7月13日月曜日

インダス平原周辺における石材・銅鉱石の分布

インダス平原周辺における石材・銅鉱石の分布(上杉2013:図14)

インダス文明期には石製装身具や銅製品が広大な地域に分布するようになるが、それらの石材はインダス平原本体ではなく、その周辺部の高原地帯に分布する特徴がある。したがって、石製装身具や銅製品は、インダス平原周辺部でその素材が調達され、素材もしくは製品のかたちで文明社会の中心をなした平原部へと流通していたことがわかる。

そうした平原部と高原部の相互関係がインダス文明社会を支える基盤となっていたと考えられる。

ちなみに、インダス文明期に収穫具として用いられた石刃石器の素材である褐色チャートだけは、インダス平原部の中心部に位置するローフリー丘陵で産出することが知られている。

2013年2月21日木曜日

インダス文明の都市遺跡 Major urban sites of the Indus Civilization

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遺跡名 WGS84_E WGS84_N
ドーラーヴィーラー(Dholavira) India Gujarat 70.21666667 23.88611111
ロータル(Lothal) India Gujarat 72.24972222 22.52361111
スールコータダー(Surkotada) India Gujarat 70.91730556 23.61130556
ラーキーガリー(Rakhigarhi) India Haryana 76.11339 29.29152
バールー(Balu) India Haryana 76.38575 29.66955
バナーワリー(Banawali) India Haryana 75.3928 29.59756
ファルマーナー(Farmana) India Haryana 76.3084 29.04058
ローパル(Ropar) India Indian Punjab 76.524161 30.97155
カーリーバンガン(Kalibangan) India Rajasthan 74.12994 29.47277
ナウシャロー(Nausharo) Pakistan Balochistan 67.587816 29.364673
ガンウェリワーラー(Ganweriwala) Pakistan Pakistan Punjab 71.15 28.59888889
ハラッパー(Harappa) Pakistan Pakistan Punjab 72.86666667 30.63333333
ラーカンジョダロ(Lakhanjodaro) Pakistan Sindh 68.84758333 27.72536111
モヘンジョダロ(Mohenjodaro) Pakistan Sindh 68.11666667 27.3

2013年2月1日金曜日

インダス文明期の墓制 Burial practices of the Indus Civilization

インダス文明の遺跡では、墓地が居住域から分離されるかたちで墓地が築かれるのが一般的である。これまでに文明期の墓葬・墓地が発見された遺跡としてはハラッパー遺跡(Wheeler 1947; Dales et al. 1991)、カーリーバンガン遺跡(Thapar 1975; Sharma 1999)、ラーキーガリー遺跡(Nath 2001)、ファルマーナー遺跡(Shinde et al. 2011)、ローパル遺跡(Sharma 1955-56)、ドーラーヴィーラー遺跡(Bisht 1997)、ロータル遺跡(Rao 1979)、メヘルガル遺跡(Jarrige et al. 1995)などがある。墓地は居住域の西側に設けられているが、居住域に近いところに位置する例もあれば居住域から1km以上離れたところに位置する例もある。

インダス文明期の墓地が発見された遺跡と墓地の位置
インダス文明期の墓地

墓地には墓葬が密集して築かれるが、埋葬施設の主体は単純な土壙墓である。中には日干煉瓦槨を伴う例も知られている。土壙内には遺体が直葬される例と木棺に遺体を納めて埋葬した例がある。遺体は完全な状態で検出されるものが多いが、中には一部の骨のみが検出されている例も多く、再葬が行なわれていた可能性もある。いまのところ明確な火葬例はない。

ファルマーナー遺跡の墓葬

副葬品には土器、装身具があるが、土器を副葬する例が圧倒的に多く、石や銅でつくられた装身具が出土する例は限られている。また、まったく副葬品を伴わない例も多い。

ファルマーナー遺跡20号墓
凍石製玉からなる頭飾、銅製腕輪、貝製腕輪、凍石製玉からなる足首飾を装着した例

墓葬間で埋葬施設の規模や副葬品の種類・数量に明確な差異がみられないのもインダス文明期の墓葬の特徴である。つまり、王や高い社会的地位にある人々を葬ったであろう他を圧倒するような大規模な厚葬墓は存在しない。こうした状況をどのように解釈するか難しいが、葬送行為を通して社会的地位を表示するという観念が発達していなかった可能性が高い。

こうした文明期に一般的にみられた土壙墓・伸展葬という墓制は前1700年頃まで続いたようである。ハラッパー遺跡H墓地では前1700〜前1500年頃の墓葬が発見されているが(Vats 1940; Wheeler 1947)、この時期には土器棺内再葬という墓制がみられるようになる。つまり、文明期の墓制とは明らかに異なっており、この頃に葬送観念に大きな変化が生じたことを物語っている。おそらくこの墓制の変化は社会の変化と深くかかわっているであろうことが推測される。

【文献】

  • Bisht, R.S. 1997 Dholavira Excavations: 1990-94. In J.P. Joshi ed. Facets of Indian Civilization: Recent Perspectives. Aryan Books International: New Delhi. pp. 107-120.
  • Dales, G.F., J.M. Kenoyer and the staffs of the Harappa Project 1991 Summaries of Five Seasons of Research at Harappa (District Sahiwal, Punjab, Pakistan) 1986-1990. In R.H. Meadow ed. Harappa Excavations 1986-90: A multidisciplinary Approach to Third Millennium Urbanism. Prehistory Press: Madison. pp. 185-262.
  • Jarrige, C., J. -F. Jarrige, R.H. Meadow and G. Quivron 1995 Mehrgarh: Field Reports 1974-1985: From Neolithic Times to the Indus Civilization. The Department of Culture and Tourism, Government of Sindh, Pakistan: Karachi.
  • Nath, A. 2001 Rakhigarhi: 1999-2000. Purãtattva 31: 43-46.
  • Rao, S.R. 1979/85 Lothal: a Harappan Port Town 1955-62, 2 vols. Memoirs of the Archaeological Survey of India 78. Archaeological Survey of India: New Delhi.
  • Sharma, A.K. 1999 The Departed Harappans of Kalibangan. Sundeep Prakashan: New Delhi.
  • Sharma, Y.D. 1955-56 Past Patterns in Living as Unfolded by Excavations at Rupar. Lalit Kala 1-2: 121-129.
  • Shinde, V., T. Osada and Manmohan Kumar eds. 2011 Excavations at Farmana, Rohtak District, Haryana, India 2006-2008. Indus Project, Research Institute for Humanity and Nature: Kyoto.
  • Thapar, B.K. 1975 Kalibangan: a Harappan Metropolis beyond the Indus Valley. Expedition 17(2): 19-32.
  • Vats, M.S. 1940 Excavations at Harappa. Government of India Press: Delhi.
  • Wheeler, R.E.M. 1947 Harappa 1946: The Defences and Cemetery R37. Ancient India 3: 58-130.

2013年1月23日水曜日

ローマ貨幣 Roman coins in South Asia

インドでは前1世紀〜後3世紀頃を中心にアラビア海を介した西方との交易が盛んとなった。インドや東南アジアの香辛料がローマ世界で珍重されたことは『エリュトゥラー海案内記』にも記されるところである。南アジア、特にアラビア海やベンガル湾に面するインド半島部で発見されるローマ貨幣はそうした海洋交易の証拠の一つである。

ヴィーラヴァサラム出土のローマ貨幣(Turner 1989による)

南アジアで発見されたローマ貨幣についてはターナー(P.J. Turner)が網羅的な検討を行っている(Turner 1989)。彼女の研究によれば、インドで発見されるローマ貨幣でもっとも古いのはアウグストゥス帝(前27〜後14年)のもので、帝政ローマ以前の貨幣は発見されていない。初期にはデナリウス銀貨(前211年にはじまるローマ銀貨で、アウグストゥス帝以前は4.5g、アウグストゥス帝期からネロ帝期以前は3.9g、ネロ帝以後は3.4g)が一般的で、ユリウス=クラウディア朝期(アウグストゥス帝からネロ帝までの時期、前27〜後68年)を通してアウレウス金貨(前1世紀〜後4世紀ごろのローマ金貨。ネロ帝以前は8g、ネロ帝以後は7.3gで、25枚のデナリウス銀貨に相当する)の重要性が高まるとされる。

南アジアにおけるローマ貨幣出土遺跡の分布(Turner 1989をもとに作成)

【文献】

Turner, P.J. 1989 Roman Coins from India. Royal Numismatic Society, London.

2013年1月18日金曜日

インダス文明期の土偶 Terracotta Figurines during the Indus urban period

インダス文明期(前2600〜前1900年頃)には人物と動物をかたどった土偶が多くつくられた。人物には女性と男性、さらには両性偶有のものがあり、動物では一角獣、コブウシ、スイギュウ、サイ、ゾウなどの例が知られている。また、コブウシ形土偶に深くかかわる遺物として牛車形土製品や車輪形土製品がある。

モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より) 
モヘンジョダロ遺跡出土人物土偶(Mackay 1938より)


この時期の土偶はいずれも手捏ねで製作されており、貼付技法や沈線によって細部・文様を表現する。

このインダス文明期の土偶については、その起源は不明である。バローチスターン地方を中心に先文明期(前4000〜前2600年頃)以来、人物・動物土偶ともに製作されてきたが、形態的に文明期にみられる土偶の祖形と考えられるものは知られていない。

また、人物土偶やコブウシを除く動物土偶はパンジャーブ地方(ハラッパー遺跡)やシンド地方(モヘンジョダロ遺跡)といったインダス文明社会の核となる地域でしか出土しないか、周辺地域ではごくわずかに知られる程度である。

モヘンジョダロ遺跡出土イヌ形土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土ゾウ形土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土ウサギ形土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土コブウシ形土偶(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土トラ形土偶(Mackay 1938より)

土偶とは異なるが、獣角をもつ土製人面もインダス文明の中核地域に特徴的である。印章に彫刻された図柄の中にも獣身で角をもつ人面の想像獣が見いだされる。インダス印章に描かれた図柄をみると、角をもつ動物に対する志向性が存在することが明らかで、さらに獣角を重要視する伝統が先文明期から文明期にかけて存在する。文明期には獣角を関する神あるいは王を描いた印章も知られている。こうした例から考えると、角をもつ動物に対する信仰が存在し、それが人間と合体することによってより文明社会を支える宗教的あるいは政治的な権威へと昇華されたのであろう。

モヘンジョダロ遺跡出土土製人面(Mackay 1938より)
モヘンジョダロ遺跡出土土製人面(Mackay 1938より)

こうした土偶が何に使われたのか示す直接的な証拠(例えば寺院や墓に伴う出土状況)はないが、当時の人々の精神世界を表象する重要な器物であることは確かである。時にこうした器物を捉えて玩具と解釈する研究もあるが、仮に玩具という名称を与えるにしても、純粋に「おもちゃ」としてではなく、インダス文明社会に生きた人々の世界観であったり創造性を投影するものとして検討が必要である。「造形行為」というもの自体がある社会に共有される固有の営為であるからである。

北インド初期歴史時代の都市 Early Historic cities in North India

前6世紀頃になると、北インドのガンガー平原において都市形成が進む。このことは初期仏典や考古資料に窺うことができる。19世紀後半のイギリス人考古学者アレクサンダー・カニンガムの調査によって、仏典や中国人求法僧たちの記録と実際の遺跡との対比研究が進められた結果、多くの遺跡が古代都市に同定されることになった。

北インドの代表的な都市遺跡

カニンガム以来、断続的にそうした都市遺跡の発掘調査が進められているが、必ずしも調査・研究は活発ではなく、古代都市の様相はよくわかっていない。断片的な調査成果によれば、前6世紀頃に広大な面積(最盛期には150〜200ヘクタール前後)をもつ都市(的集落)が出現し、前3世紀頃までに都市の範囲を区画する城壁が築かれたことがわかっている。これらの古代都市は1〜3世紀頃に最盛期を迎えたようだが、4世紀以降、段階的に都市の規模縮小や衰退が進み、最終的には6世紀頃までに廃絶する。

インド共和国ウッタル・プラデーシュ州
マトゥラー遺跡
インド共和国ウッタル・プラデーシュ州
アヒッチャトラ−遺跡
インド共和国ウッタル・プラデーシュ州
カウシャーンビ−遺跡
インド共和国ビハール州
バリラージガル遺跡
インド共和国ウッタル・プラデーシュ州
マヘート(シュラーヴァスティー)遺跡
バングラデーシュ人民共和国
マハースターンガル遺跡
インド共和国ウッタル・プラデーシュ州
ラージガート(カーシ)遺跡
インド共和国ビハール州
ラージギル(ラージャグリハ)遺跡
ネパール連邦民主共和国ルンビニー県
ティラウラーコート(カピラヴァストゥ?)遺跡
インド共和国ビハール州
ヴァイシャーリー遺跡

2013年1月16日水曜日

インダス文明の装身具 Indus jewelry

インダス文明期(前2600〜前1900年頃)にはさまざまな素材の装身具が用いられた。石製、金製、銀製、銅製、貝製、土製、ファイアンス製のものがある。それぞれの素材はインダス文明が広がった広大な範囲の各地に偏在するもので、各種素材の装身具の分布は素材の獲得から加工、流通、消費にいたる一連の交易ネットワークの存在を示している。

装身具に用いられた各種素材の原産地

石製のものは玉類、金・銀・銅のものは玉類や腕飾類、貝は腕飾類、土製・ファイアンス製は玉類・腕飾類に用いられる。

もっとも数が多く出土するのは石製装身具で、凍石、紅玉髄、瑪瑙、玉髄、碧玉、ラピスラズリ、アマゾナイトなどさまざまな石材が用いられているが、それぞれ産地は異なっている。例えば、凍石はパキスタン北部のハザーラ地方やラージャスターン地方のアラワリー山脈、紅玉髄、瑪瑙、碧玉、アマゾナイトはグジャラート地方やバローチスターン地方、ラピスラズリはアフガニスタン北部のバダフシャン地方で産出する。こうした各地に分散して産出する石材で製作された装身具はインダス文明各地の遺跡で出土する。

インド共和国ハリヤーナー州ファルマーナー遺跡出土の紅玉髄製玉類

石材はそれぞれ色調が異なっており、そうした異なる色調の石材に対して当時の人々の審美観や価値観が投影されていると考えられる。さらに石材によっては加熱することによって色調を変化させたものもあり、特定の色調に対する志向性を顕著に示している。例えば、凍石は本来の色調は灰色系を呈するが、最終的に玉に仕上げられたものは白色を呈している。これは1000度前後の高温で凍石を加熱することによって白色に仕上げたものである。また、鮮やかなオレンジ色を呈する紅玉髄も加熱によって石材本来の色調を変化させている。

インド共和国ハリヤーナー州ファルマーナー遺跡出土の凍石製玉類

また、硬度も石材によって異なっており、装身具に仕上げる技術も異なっている。凍石は非常に柔らかい石で、金属製(おそらく銅製)の鋸で切断し、研磨を施して製作する。紅玉髄や瑪瑙、碧玉は非常に硬く、敲打によって形を整え、研磨を施して仕上げる。硬い石に穿孔するためにはそれ以上の硬さの石材でつくられた穿孔具や研磨剤の使用が必要となるが、インダス文明期にはアーネスタイトと呼ばれる硬い石材でつくられた穿孔具を用い、弓錐による回転穿孔技法を使う。

インド共和国グジャラート州カーンメール遺跡出土のアーネスタイト製穿孔具

インダス地域で製作されたと考えられる装身具(主に玉類)はメソポタミアやアラビア湾岸地域でも出土しており、交易品として広く珍重されたことを物語っている。

【文献】
  • Kenoyer, J.M. 2005 Bead Technologies at Harappa, 3300-1900BC: A Comparative Summary. South Asian Archaeology 2001. Editions Recherche sur les Civilisations, Paris. pp. 157-170.